大阪高等裁判所 昭和59年(う)1167号 判決 1985年4月12日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人布谷武治郎作成の控訴趣意書記載のとおり(なお、弁護人は、控訴の趣意は事実誤認と量刑不当の主張に尽きる旨釈明した)であるから、これを引用する。
一 事実誤認の主張について
論旨は、本件を窃盗の既遂と認定するには合理的疑いがあるから、原判決には事実の誤認があるというので、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、次のとおり判断する。
所論は、馬渕敬の司法警察員・検察官に対する各供述調書中の犯行目撃状況についての供述は措信し難いというが、同人は、原判示弘宝堂店主の長男伊吹和浩の友人で、当時右伊吹とともに店内に居て被告人の言動に不審を抱き、東南側ショーウインドーの前に立つている被告人の約一メートル左側(西側)で被告人に応待しながらその挙動を注視していたものであり、犯行目撃状況に関する供述には不自然な点がなく、その供述の信用性に疑いを差しはさむ余地はない。
原判決挙示の証拠及び被告人の当公判廷における供述を総合すると、被告人は、原判示弘宝堂の店内で東南側ショーウインドーを背にして立ち、店に居た伊吹和浩、馬渕敬の隙をうかがい、右手を後ろに伸ばしてショーウインドー内の指輪差しから原判示指輪一個を抜き取り、これを手中にして手前に引き寄せたが、左横に馬渕敬が居たので、同人に感付かれたのではないかと思い、直ちにショーウインドー内に右指輪を落し、その場を離れ店外に出て逃走したことが認められる。
窃盗罪は、不法領得の意思をもつて、事実上他人の支配内に存する財物を自己の支配内に移したことによつて既遂に達するところ、右に認定した事実によると、被告人は指輪差しから指輪を抜き取り一旦手中にしたが、直ちにもとの場所近くに戻しているのであるから、指輪に対する被害者の支配を侵し、これを自己の事実的支配のもとに移したことは認められず、本件は窃盗の未遂にとどまるものというべきである。
したがつて、原判決が被告人に窃盗の既遂を認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認であるから、この点において原判決は破棄を免れない。
よつて、その余の控訴趣意について判断することなく刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によつて直ちに次のとおり自判する。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和五九年五月二三日午後四時三〇分ころ、京都市上京区今出川通七本松西入真盛町七二六番地貴金属小売商弘宝堂こと伊吹弘方店舗において、ショーウインドーに陳列してあつた同人所有の指輪一個(売価二八万八、〇〇〇円)を窃取しようと企て、指輪差しから右指輪を抜き取つたが、店内に居た馬渕敬に感付かれたと思つて直ちにその場に戻し、その目的を遂げなかつたものである。
(証拠の標目)
「被告人の当公判廷における供述」を加えるほかは原判決挙示の証拠と同一である。
なお、弁護人は、本件を被告人の単独犯行と認定するには合理的疑いがあるというが、被告人は捜査段階及び原審公判で本件は自己の単独犯行であると供述し、当公判廷においても、西本、藤井、荒井らに誘われ、同人らと一緒に弘宝堂の近くまで赴き、西本から店内を下見して来るよう指示されて同店内に入つたが、自ら単独で本件犯行に及んだと供述しているのであり、被告人の右の供述に照らし、弁護人の主張は採用できない。
(累犯前科)
原判示のとおりである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二四三条、二三五条に該当するが、前示前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により累犯加重をした刑期の範囲で処断すべきところ、被告人は前示累犯前科のほか窃盗罪の前科多数を有し、前刑終了後四か月余りで本件犯行に及んでいることを考慮すると、被害者が寛刑を嘆願していること、被告人の家庭事情、反省状況等を斟酌しても、被告人を懲役一〇月に処するのを相当とし、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中六〇日を右の刑に算入することとする。
よつて、主文のとおり判決する。
(兒島武雄 谷口敬一 中川隆司)